サク読みブログ

趣味と育児と日常のキロク、福岡から。

つかまれる場所は、できるだけたくさんあったほうがいい。

ちょうどこの時期だったかな、結婚一年目の夫がうつで休職してたのから復帰したの。そんなことを思い出します、マルキョウです。

マルキョウ夫婦は夫の就職とともに結婚して、結婚一周年を迎える前に貯金が0になりました。散財したわけではありません。むしろかなりのハイペースで貯金していってたのですが、夫がうつになり、無職になって、本州から地元の九州まで引っ越すことになり、その引っ越し代で貯金が0になったのです。

そんな結婚一年目の暮らしを、ちょっと振り返ってみようと思います。

スカイプの話。

わたしは結婚前まで仕事をしていたのですが、夫の就職に合わせて遠くに引っ越したので専業主婦になりました。
まだまだ当時は意識高い系だったマルキョウ。夫の稼ぎを夫婦の共通財産、なんて感覚もなかなか身につかず、節約しなくちゃ!と常に思っていました。

そこで問題なのが通話代。
当時のケータイプランって何があったのかなー?たしかカケホーダイは主流ではなかったはず。同じケータイ会社なら○○時までは通話代ただ、でもそれ以上は通話代かかるよ!って感じだったかな?多分そんなプランに入ってました。

なにせ帰省代でボーナスが飛ぶレベルの遠く離れた地に引っ越したもので、知り合いがいない。仕事もしてないので知り合う機会もない。そして初の専業主婦生活が暇すぎる(当時は家事レベル低すぎて、やることが逆になかった)。車もないので、街まででかけて〜なんてのはできないし、頼みの綱の夫は激務でどんどん顔色悪くなっていく。

寂しいし、このままじゃ不安すぎて誰かの声が聞きたい!けど電話代かかっちゃう……!
そこでスカイプでした。当時LINE電話あったら絶対やってただろうけど、スカイプしか選択肢なかったのでスカイプしてました。

当時、わたしの用事もないor泣き言相談スカイプ電話に付き合ってくださったお友達、ありがとうございました。かなり助かりました。たまに顔をだしていた夫も、正直かなり助けられていたと思います。

まだ当時若かったので、お友達のなかには学生の人も若干名いたのが助かった。これが周りが社会人だらけだったら本気でメンタル詰んでたかもしれない。

うつになっていく段階で、職場はまともにとりあってくれなかったし、病院も病院で遠すぎたり、対応がさっぱりしすぎたりと、頼るところがあやふやな状態。しかも知らない土地。先がまったく見えない状態でした。

九州に帰ってきたとき、夫が「なんか体が楽になった気がする」とぽつりともらしました。転勤族に育った夫が帰った故郷は、決して住み慣れた土地というわけではなかったのですが、それでも親がいるし、兄弟もいる。
もちろん嫁であるわたしはずっとそばにいたわけなんですけども、いざってときにつかまる場所は、一つっきりよりたくさんあったほうがいい。

我々の例が誰にでもあてはまるわけではないと思うんですけど、友人でなくてもいい、親でなくてもいい、なにかしらつかまれる場所を複数もっていれば、せめて死なずにすむんでないかな、と思います。

9月1日(子供自殺件数が一年間でもっとも多い日)も過ぎましたけど、そんなこと思い出しました。

SSL標準装備の無料メールフォーム作成・管理ツール | フォームメーラー