サク読みブログ

趣味と育児と日常のキロク、福岡から。

悩む、頑張るってのが最善でないことはわかっているのに、今結構楽でしょ?といわれるとムカつくこの不思議。

今悩んでいることを書いてみる。
マルキョウです。

また頭の中がスッキリしない時期がやってきたので、こういうときは書くに限るってもんです。

わたしの性質として、「何か」で頭がいっぱいになっているときのほうが落ち着くんですよね。何かやりたいこと、何か欲しいもの、何か絶対に避けたい事態、なんでもいいけど、くだらなくても目指す何かがあるときのほうが自分の中で「良し」としているんですよね。
でも目指す何かがあるときって、すんごいずーっと思い悩んでいるし、どんな話題もそこにつなげてしまうし、はたからみると何もないときのほうが元気そうじゃん、って思われてる気がします。

それでも、あれこれ思い悩んでいる方が好き。あーでもない、こーでもないって考えている自分のほうが好き。
迷う、ゆえに我あり。

たとえそれが、マフィン型をポチるかポチらないか、どの材質がベストか、といった瑣末なことであっても。

まんべんなくいろんなことができるより、なにかに一所懸命になっているほうがかっこいい。
こういう刷り込みって子供のころからあった気がする。漫画とか、ゲームとか。バランス重視のキャラのほうがゲーム的には使いやすいんだけども、中盤すぎると能力特化型使っていかないと勝てないとかよくあるし。

私がいてもいなくても 1  マーガレットコミックス

私がいてもいなくても 1 マーガレットコミックス

めっちゃ好きな漫画の一つ。やりたいこともないし、恋愛もうまくいかないし、家族関係も不満だらけ、そんな「何にもない」主人公が、「わたしだけの何か」が特になくても、頑張っていく様がすごく勇気づけられます。

わたしは脚本を書いたり、お菓子を作ったり、洋服を作ったり、色々趣味があるけど、時々それに義務感を覚えることがある。そういう趣味事をやっていないと、わたしって何もないんじゃないかって気持ちになることがあるのだ。
事実、仕事という社会の中での居場所がわたしにはない。家庭ではママって居場所があるけど、評価って基本的にないようなもの。働き始めることは可能だが、怖かったり面倒だったりで色々迷う。職場を転々としてれっきとしたキャリアもないまま妊婦になったため、この悩みはかなり根強いが、体力を相当使うので普段は封印している。

何にも悩みまどうことなく、過ごしていけるのが幸せって昔はおもってた。
掘り返せば悩みなんて無限にでてくる。歳をとるほど大量にでてくる。それを考えると、この悩んでるほうがよしとする価値観と、(とりあえず)平穏な暮らしが落ち着かないっていう傾向をなんとかしていかないといけないな、とおもった。でないと体がもたない。

人生ってのは困難が多いもの。それはわかっているが、だからこそ、困難をひとつ乗り越えたときの平穏な期間のうちに、とにかく休んでおくべきなんだよなあ。逆境続きの少年漫画にだって、日常回くらいあるだろう。でないと読者が疲れてしまう。

わたしの主治医はほぼ毎回、今特に悩んでることありますか?と聞いてくる。答えを待たずして、でも妊婦期に比べたら息子さんもいい子で結構落ち着いているんじゃない?思ってたより楽でしょ。と言ってくる。

わたしはそれがなんとなくムカついていた。なんでだろうとおもってたんだけど、悩みがない=楽でいいわね、と押し付けられてる気がして嫌だったのだ。
楽なのはいいことだ。なんでそういわれることが嫌なのだろう。
あまり掘り下げたくないが、多分それは
楽じゃないほうが偉い、苦しいほうが偉い、っていうクソくだらない考えのせいだろう。

楽な環境にいる=能天気、お気楽、世間知らず、おバカさん
こんな変換、くだらないよなあ……みんな楽して生きていきたいから頑張っているはずなのに、結果(楽な生活)より、過程(頑張る)のほうが重要視されてしまうなんて。
おかあさん頑張ってるね、もっと子育て楽していいのよーって人からいわれると泣きそうになる。実際この文章を打つだけでじわりとくる。やはりわたしにとっては、頑張ってるという過程をほめられることのほうが、心を大きく動かすものなのだろう。

それだけ今、何かを「頑張っている」ことを人からあまりほめられずに生きているんだなあ……
だから頑張る何かを探しているのかもしれない。それでたどり着くのが商品ポチるかポチらないかだから救われないけど(ー_ー;)
何かに一所懸命になりたい。何かを「頑張って」、誰かにほめられたい。できれば難しいことのほうがもっといい。できれば育児以外の、自分の領域のことで。

だから、なにか作ったり書いたりしたいっておもってるのかもな。今。本当に心のそこから沸いた願望でもないから、なんかすっきりしないんだろう。別に作る動機はそんな願望からでもいいんだけど、自覚してないと効率悪いからね。

私的解決策。
・夫にほめてもらえばいいんじゃない?ほめて!ってアピールすればほめてくれるんじゃない?今までも結構その手は使ってきたし。まあただ最近は、お互い仕事と育児の愚痴をいって、「それは、お疲れ様だったね……」って言い合うだけで、ほめるっていう風には持っていってなかったな。

・まずは人をほめていけばいいんじゃない?ほめてもらうため、とかではなく、単に自分の口から褒める言葉を出しているだけでも、自分にとっていい作用がある気がする。ポジティブな言葉口にするだけでも、錯覚ってあるでしょ。多分。

・みんな割りとこんな考えもってるってことをわかればもっと楽になる気がする。陳腐化。悩みって基本、自分にとって特別だから悩むわけで。だから、ブログに書こう。もっと外に出て人に会おう。

・あえて、作りたいから作る=一番正しいっていう方程式を捨ててみる?とかどうでしょう。
何かを作るうえでそれが一番自然ってのはわかっているんだけども、人とつながりたい、ほめられたいから作るっていうのも認めてあげていいんじゃないかと。せめて自分ルールの片隅にでもおいておいてあげたい。そういう気分だってあるさ。
どうしても一番身近な夫が、「作りたいから作る、当たり前のことじゃない?」って人なので(ー_ー;)シンプルな考えだけど、それが絶対ってこともないだろう。せめて育児中くらい許してあげて。

……結局、自分にゆるく、「楽に生きる」ことが解決策になるんだよなあ。進学校から浪人して大学いく間に培ってきた頑張る=善って考え方、なくしたいものだ。まあ、浪人した時点で、ただ頑張るだけでうまくわたっていけないことは身をもって知っているんだけどね!!

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