サク読みブログ

趣味と育児と日常のキロク、福岡から。

誰かの役に立ちたいなんて、思ってもいなかったクリスマス。

冬です。寒いですね。

友達ほしい、寂しいって気持ちを分解していったら、思いもよらない自分の願望がでてきてびっくりしたので書いておく。

「誰かの役にたちたい」

まさかこんな欲求が自分の中にあるなんて思いもしなかったよ……って話。

  

誰かの役に立ちたい、という言葉へのもともとの印象

はっきりいって、尻がかゆくなる感じでしたね。説明が難しいんだけど、これはマルキョウの中にいる、10代の生意気だった学生の頃の感覚なんですよ。 奉仕精神とか、それってマジでいってる?(笑)みたいな。もちろん、人がボランティアとかいっているのみて、すごいなー、とは感じるのですが、自分は絶対無理だなー、だって得にならないじゃん、と、あたかも「自分は現実を知っている」といったなめきった姿勢をとっていました。

この感情の裏には、「自分は人をサポートする側、脇役なんかにはならない、あくまでメインの主役をはれる人物なんだ」 という思い上がりがありました。誰かの役にたつことなんかより、私(だけ)の力でほかの人間をあっといわせたい、意識レベルにまでは達してなかったけど、たぶんずっとそうおもってたんだと思います。だから、自分の力が十分に発揮できてないことに不満を持っていました。

 

俺はまだ本気出してないだけ 1 (IKKI COMICS)

俺はまだ本気出してないだけ 1 (IKKI COMICS)

 

 まさにこんな感じ。

 

気づくきっかけは寂しさ、人恋しさ

割と友達の多いマルキョウ。ほとんど学生時代からの友達ですが、あって話すのがストレス解消の一つになってます。産後はあまり約束もとりつけにくくなりましたが……

でも産前産後かかわらず、ずっと人恋しさがあったんですね。もちろん私には家族がいますが、いつでも一緒なわけじゃない。近すぎる家族以外に話したいこともある。

でも、友達といくら話しても、話しまくっても、なんとなく埋まらない寂しさがあったんです。会っているときは楽しくって、時間を忘れて話しまくっても、本当に話したいことはまったく話せてないような気がして……

これは夫含む家族に対してもそうで、この不満の由来、結局私は人とのかかわりに何を求めているんだろう?と自問自答するようになってきました。

趣味友を増やせばいいのかな?SNSとか始めれば寂しさも埋まるんだろうか?

でも誰でもいいわけじゃないし、そもそも人付き合いがすごい得意ってわけでもないから、交友関係を増やせば苦しくなるのは自分ってよくわかっている。

けど時々ものすごく寂しい。どうして?

承認欲求が強すぎるただの寂しがり、かまってちゃん、察してちゃん。

私は自分のことをそういう風に分析して、自己嫌悪に陥ってしまっていました。

 

寂しさの原因を分解して考える

一晩寝て起きて、すっきりした頭で考えを整理してみました。

私は友人とどういう付き合いをしている?どういうときに満足する?

友達に愚痴を言うのは、割合すっきりします。けど、あとであんなこと言うんじゃなかったかなーという後悔が若干(下手するとたくさん)残ります。

友達に相談して、問題が解決すると、うれしいです。その分、今度お返ししなくちゃなーと考えだします。

友達の相談にのって、友達の問題が解決したり、有益な情報を提供して感謝されたりすると、もーうっひょー!やったぜ!といい気分になります。こういうときの見返りとか基本求めてません、役に立ててうれしい!と素直に思えます。

www.hitode-festival.com

 

この記事にもありましたが、親切ってコスパよく気持ちよくなれますよね。見知らぬ人に親切にするだけで、私は一日は気持ちよく寝付けます。友達相手なら三日間はいい夢見られそう。めっちゃコスパいいな!

こういうこと書くと友人関係を査定するようでちょっと心苦しいですけど(;´・ω・)

 

これを踏まえて、時々ものすごく寂しい気分のとき、私はどういうことを求めているのか?

聞いてほしい話をただただ話したい、というわけじゃない(そんなのが自分の中にあるならとっくにどっかで話しているはず。自分の中でまだ言語化できてない内容なら、人に話す以前の段階だ)。

自分の力をただ認めてほしい、というわけでもない(それなら見下せる相手だけを友達にすればいい。私の友人には当てはまらない)。

人恋しい原因、特に最近になってひどく感じる人恋しさの原因。

それって、結局月並みなことで、人と人とのつながり、社会に参加できてない感じなんじゃないかなあと思ってみたわけです。

あ!これ進研ゼミで見たところだ!ばりによくネット上でよく見る、ママが孤独に陥るときの答え。でもまさか、まさか自分の寂しさの根源が、誰かの役にたちたい、社会にかかわっていきたいというものだったとは。

マジかよ……( ゚Д゚)と自分でも口あんぐり。

 

誰かの役に立ちたいという欲求にとまどう

だって、今まで本当に自分勝手な人間だと思ってたんですよ、自分のこと。自分のことしか興味ない人間だと思ってましたし……つーか大学時代引きこもってたりしてたのはなんだったんだ!(あのときはさみしさマックスだった……無事単位もとって卒業できてよかった)

働きたくないよー、就活とか保活とか面倒なことしたくないよー、でもお金ほしいよー、仕事怖いよー、家事もぶっちゃけ面倒だよー、だれかとかかわりあいたいよー、そんな自分だけど誰かにほめてほしいよー。

素直な気持ちをこうして羅列してみただけでも、くらくらしちゃいますね……

誰かの役に立ちたいっていう気持ち、そもそも働きたくすらない人がもつ感情だとは思ってなかったので自分的に驚きでした。なんかイキイキ動いてて、常にキラキラしてて、仕事人間!みたいな人だけだと思ってた。

大学時代にならった、人は社会的生物って言葉を思い出します。言葉では覚えてましたけど、私ももれなく社会的生物だったんですね……

まあ、自分が気持ちよくなるために、誰かの役に立ちたいって気持ちは偽善と呼ばれるものなのかもしれませんけど。でも、寂しい寂しい、誰か私を認めてほしい、って自分の気持ちをとらえるより、誰かの役に立ちたいんだ、ってとらえるほうがずっとポジティブでいいと思う。

自分の感情がなんなのか、本当はどう思っているかなんて、自分でもよくわからない。統合失調症の私は、苦しかった時のことを頭の中ですぐあやふやにしてしまう。ならば、この寂しい感情に好きに名前をつけてしまってもいいはず。だから、誰かの役に立ちたいっていう風に思っておこう。そのほうが自分の心に優しいから。

 

ちょっとクリスマスっぽい話だったかも。

 

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